「暗号資産税制見直し」
の行方と今後の展望
はじめまして、かつてIT大手上場企業で財務経理の幹部を務めていた「エンジョイ経理」編集長です。本記事では、暗号資産(仮想通貨)に関する日本の税制見直しの進捗と今後の可能性について、海外の事例や国会での議論内容を交えながら詳しく解説します。暗号資産の税率が高止まりしている日本で本当に税制改正は実現するのか、それとも先送りされるのか。Web3をめぐる世界の潮流と、日本政府の動きや金融庁の検証プロセスから読み解く本質に迫ります。
以下のいずれかの方法でブックマークに追加できます:
iPhoneの場合:
- 画面下の「共有」ボタン(□と↑のマーク)をタップ
- 「ホーム画面に追加」を選択
- 右上の「追加」をタップ
Androidの場合:
- ブラウザのメニュー(⋮)をタップ
- 「ホーム画面に追加」を選択
- 「追加」をタップして完了
1. 日本の暗号資産税制の現状と課題
● 現在の課税方法:雑所得の総合課税
日本では暗号資産で得た利益は「雑所得」に分類され、総合課税として課税されます。累進課税のため、課税所得が多い人ほど税率が上がり、最大で55%(所得税45%+住民税10%)に達することがあります。
さらに、雑所得扱いのため、「株式取引のような申告分離課税」が適用されません。株取引であれば、税率は一律20.315%(所得税15%+住民税5%+復興特別所得税0.315%)ですが、暗号資産の場合は最大55%となり、投資家にとって非常に高い負担となっています。
● 損益通算や繰越控除の問題
雑所得の扱いだと、他の所得との損益通算ができず、例えばサラリーマンが株取引やFX取引と同じように損益通算が行えません。また、「損失の繰越控除」が認められないことから、暗号資産取引で大きな損失を出してしまった場合、それを翌年以降の利益と相殺できません。
暗号資産市場は値動き(ボラティリティ)が大きく、一時的に大きな利益を得るケースもあれば、暴落による損失が発生することもあります。現行の税制では、爆益が出たときは最大55%を課税される一方で、損失を翌年の利益と相殺できないため、リスクとリターンのバランスが取りづらい点が大きな課題といえます。
2. 海外主要国の暗号資産課税事情
● アメリカ:保有期間と所得階層で税率変動
アメリカでは、暗号資産の課税は保有期間や個人の所得階層で変わります。
- 1年以内に売却した場合は短期譲渡所得とみなされ、高所得者なら最大**37%**になることも。
- 1年以上保有して売却する場合は長期譲渡所得扱いとなり、税率は一律**20%**に設定されます。
● イギリス:最大28%だが一定の優遇あり
イギリスでは、キャピタルゲイン課税として最大**28%**がかかります。ただし一定の非課税範囲(キャピタルゲイン控除額)が存在し、暗号資産取引でも適用対象になる可能性があります。
● ドイツ:1年超保有で非課税
ドイツでは、1年以内に売却した場合には最大**45%程度の課税になる一方、1年以上保有した暗号資産については、売却益が非課税(0%)**となります。長期投資に対して非常に優遇した制度と言えるでしょう。
● 韓国:現在は一時的に非課税
お隣の韓国では、暗号資産取引による利益が**現在は非課税(0%)**となっています。しかし、この非課税措置は永続的なものではなく、一度は税導入が検討されたものの、課題が多く先送りされている状態です。
3. 日本政府が掲げる「Web3の中心」戦略との矛盾
日本政府は「Web3時代のリーダーシップを握る」「我が国をWeb3の中心にする」という国家戦略を打ち出しています。しかし、現行の暗号資産税制が変わらないままでは、税率が高すぎることから企業や投資家、人材が海外に流出しているのが現状です。
● 日本からのWeb3流出
暗号資産のスタートアップやブロックチェーン関連プロジェクトの一部は、高い税率を嫌ってシンガポールやドバイ、アメリカなど、税制上の優遇がある国に拠点を移すケースが目立ちます。こうした流出は、Web3を次世代の成長産業と位置づける上で大きな課題です。
● 苦境に立つ国内Web3企業
国内のWeb3関連企業や開発者は、仮にトークンを発行して調達しようにも、保有トークンの評価益に対して法人税が課されるなど、極めて厳しい課税環境に直面しています。こうした税負担はイノベーションの阻害要因となり、日本が世界のWeb3市場で遅れをとりかねないという指摘が増えています。
4. 税制改正大綱における暗号資産関連の記載推移
財務省と与党がまとめる「税制改正大綱」には、毎年の税制改正に向けた検討項目と方針が記載されます。暗号資産に関しては、2016年に「暗号資産の課税を見直す」旨が初めて記載されたものの、しばらくは大きな動きがありませんでした。
● 2016年:「暗号資産への課税の見直し」の初言及
この年、暗号資産購入時の消費税が非課税になるよう法律が改正されました。世界的にも珍しい動きでしたが、その後、暗号資産の所得税・法人税の見直しに関する具体的な進展はみられなかったのです。
● 2024年の大綱に「検討」が復活
2024年度の税制改正大綱において、「暗号資産取引にかかる課税について見直しを検討する」と再び記載されました。ポイントは「見直す」ではなく「見直しを検討する」という表現に留まった点です。
それでも実に8年ぶりに暗号資産課税に触れられたこと自体、業界では一定の期待感が高まりました。しかし、「検討」で終わる可能性もあり、先行きは依然として不透明です。
5. 最新の国会答弁:金融庁による「再点検」とは
2023年の国会において、自民党の議員が加藤大臣に暗号資産税制の見直しについて質問した際、加藤大臣は次のように答弁しました。
「まさしく与党税制改正大綱を踏まえた議論であり、金融庁においては本年6月を目途に暗号資産に関する制度の検証を行う。検証結果に基づき税制を含め、必要な対応を検討していきたい。」
この発言から分かるのは、2024年の税制改正大綱に記載された「検討」の具体的な動きとして、金融庁が6月を目標に再点検(制度の精査)を行っているという点です。そこから得られる結論に沿って、暗号資産の課税見直しが本格的に議論される可能性があります。
6. 暗号資産を推奨するか否か―検証論点と本音
金融庁や財務省が暗号資産の課税改正を積極的に進めない背景には、暗号資産を「国民にとって推奨すべき投資対象かどうか」という根本的な疑問があるとされています。
● 石破首相の見解
石破首相は、暗号資産を株式と同様に申告分離課税とすることについて、「国が暗号資産を推奨することは適当なのか」「暗号資産を国民にとって投資しやすい金融資産と位置づけるかどうかは丁寧に検討すべき」と述べています。
● 金融庁の思惑:リスクの大きい資産か
暗号資産は株や国債、投資信託などと比べ、依然として値動きが激しく、投資家保護の観点からリスクを重視すべきとの見方が強いです。金融庁としては、金融商品取引法や資金決済法などの観点で利用者保護を優先する立場にあることもあり、安易に「推奨」してしまうと、暴落時の投資家保護責任が問われる可能性があります。
● 税収上のメリットも捨てがたい
日本の税収確保という視点で見ても、暗号資産取引が雑所得のままであれば、大きな利益を上げた投資家から最大55%を徴収でき、損失繰越や損益通算の枠が狭いことから、税収が減るリスクも限定的です。財政的な事情もあり、「高税率のまま放置しても国にとっては悪くない」という考えが残る一因となっているのかもしれません。
7. 「安全通貨・日本円」を守りたい思惑と税制との関係
暗号資産の規制や課税が厳格に行われる背景には、「日本円の地位を守りたい」という政府の思惑も指摘されています。
● 安全通貨としての日本円の地位
世界的な金融市場の混乱時、投資資金が流入しやすい通貨を「安全通貨」と呼びます。日本円やスイスフランが代表的な例とされてきました。安全通貨の条件としては、国の経済が安定していること、通貨供給量の管理が適正であることなどが挙げられます。
● 日本円の通貨供給量とビットコイン
2013年からの約10年間で、日本円の供給量(M2)は約1.5倍に増えました。一方、ビットコインは半減期によって新規発行量が抑制されていく仕組みがあり、今後も相対的に供給量は限られていきます。もしビットコインなど暗号資産が日本で盛んに流通し、多くの人が「価値の保存先」としてビットコインを選ぶようになれば、結果的に「安全通貨」としての日本円への信頼が低下するリスクもあり得ます。
● 経済停滞と海外金利差による円安圧力
近年、日本の貿易収支の悪化や他国との金利差拡大などにより、円安が進む局面が多く見られます。こうした中で、暗号資産への投資が促進されると、日本円から暗号資産へ資金が流出し、円の価値を下げる要因になりかねません。結果として、日本円の信認が揺らぐ恐れがあるのです。
8. Web3人材・企業の海外流出問題と日本の競争力低下
もし日本が暗号資産に対して厳しい税制や規制を維持し続けると、Web3分野における企業や人材が海外に流出し続けるリスクが高まります。
● スタートアップの海外流出
シンガポールやドバイ、エストニアなど、暗号資産やブロックチェーン関連の事業に有利な規制環境や税制を整備している国は数多く存在します。ベンチャーキャピタルからの資金調達もしやすく、これらの国に開発拠点を構えるスタートアップが増えています。
● 日本の国際競争力への影響
暗号資産やWeb3は、次世代のインターネットや金融のあり方を左右する新技術として注目されています。日本企業や投資家がこの分野で出遅れると、長期的な経済成長や技術革新の機会を逃す可能性が高いでしょう。これはいずれ、製造業やサービス産業など他の分野にも波及していく恐れがあります。
9. 今後予想される暗号資産税制のシナリオ
金融庁が2023年6月までに行う制度検証の結果を受けて、暗号資産課税の見直しがどのように進むか、いくつかのシナリオを考えてみましょう。
シナリオ1:2024年度の税制改正で「一部緩和」が実現
- ポイント: 納税環境の整備やWeb3促進のため、一部ルール変更(例えば損失繰越の導入や、法人の含み益課税撤廃など)が行われる。
- 影響: 完全な申告分離課税や税率引き下げまでは至らないものの、「政府がWeb3を支援する意思がある」とのメッセージになる。
シナリオ2:申告分離課税への移行
- ポイント: 株式と同様の20.315%程度の申告分離課税が、短期保有に限ってでも導入される。
- 影響: 投資家にとってハードルが下がるため、国内取引所や国内Web3関連企業の活動が活性化する。一方で、日本円の信認低下リスクを懸念する勢力の抵抗が強いかもしれない。
シナリオ3:現行制度維持のまま先送り
- ポイント: 金融庁の検証結果で「国民に推奨すべき金融資産ではない」との結論が出たり、調整がつかずに先送りされる可能性。
- 影響: 高い税率や使い勝手の悪さがそのまま残り、海外への流出がさらに進む。国際競争力の低下につながる。
10. まとめ:税制改正は実現するのか?
暗号資産の税制を巡る議論は、Web3時代における日本の地位確立と、日本円などの通貨政策、そして税収の確保という要素が複雑に絡み合っています。一方で政府は「Web3の中心になる」という方針を示しており、現状のまま放置すれば人材や企業の海外流出がさらに加速してしまう恐れがあります。
このような状況から考えると、少なくとも一定の範囲で税制改正が行われる可能性は高いでしょう。特に、税率の引き下げや損失繰越、損益通算など、投資家が求める改正項目が完全に無視されることは考えにくいです。
とはいえ、すべてが一気に改正され、株式同様の申告分離課税が導入されるかどうかは不確定要素が多いともいえます。まずは金融庁が6月を目途に行う制度検証の結果が焦点となり、それを踏まえて年末にかけて2024年度税制改正の具体的な案が提示される流れです。今後の国会論議や与党内での調整が大きなカギとなるでしょう。
11. 免責事項
本記事は、暗号資産に関する一般的な情報提供を目的として作成したものであり、特定の金融商品や投資手法、税務対策を推奨するものではありません。暗号資産の売買や投資に関する最終的な判断は、ご自身の責任とリスクにおいて行ってください。また、本記事に記載の税率や法制度の解釈は執筆時点の情報に基づいており、今後の法改正や政府方針の変更などにより変わる可能性があります。最新の情報や具体的な税務相談等については、専門家や所轄の官公庁にお問い合わせください。