労務担当者のあなたへ。労働保険の年度更新、その「大変さ」に寄り添います
「今年もこの時期が来たか…」
人事・労務を担当されているあなたなら、きっとそう感じていることでしょう。年に一度、夏を前にして私たち労務担当者を悩ませる大きな業務が、そう、労働保険の年度更新です。さらに、社会保険の算定基礎届と時期が重なることも多く、まさに「繁忙期」のど真ん中。
- 初めて年度更新を担当するけれど、何から手をつけていいか分からない…
- 毎年やっているけれど、なんとなく作業しているだけで、全体像が見えていない…
- 正確にできているか、いつも不安が残る…
もしあなたが今、こんな悩みを抱えているなら、この記事はきっとお役に立てるはずです。特に、初めて労務業務に携わる方は、まず人事部に配属されたら押さえておきたい労務管理の基本と実務も合わせてご覧いただくと、より理解が深まるでしょう。
はじめまして。私はエンジョイ経理の顧問社会保険労務士です。今回の記事では、労働保険の年度更新について、その全体像から具体的な業務の流れまで、わかりやすく、そしてどこよりも丁寧に解説していきます。
この記事を読み終える頃には、あなたは労働保険の年度更新について、自信を持って取り組めるようになるでしょう。さあ、一緒にこの難関を乗り越えましょう!
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そもそも労働保険の年度更新とは?労務担当者が押さえるべき基本概念

まず、「労働保険の年度更新」とは一体何なのでしょうか?
簡単に言えば、これは「労働保険料の精算作業」です。
私たちは毎年、国に労働保険料を納めていますが、実はこれ、まず「見込みの金額」を先に納め、後から「確定した金額」との差額を精算するという仕組みになっています。ちょうど年末調整が、毎月の源泉徴収税額と年間の所得税額の過不足を調整するように、労働保険の年度更新も、過去1年間の保険料を確定させ、過不足を調整する手続きなんです。
ただし、年末調整が1月から12月の期間で行われるのに対し、労働保険の年度更新は「4月1日から翌年3月31日」の1年間(これを「保険年度」と呼びます)が対象となります。この期間をしっかり押さえておくことが、年度更新を理解する上での最初の第一歩です。
ここで一つ補足ですが、労働保険には、建設業のように工事ごとに保険関係を成立させるような特殊な業種もあります。しかし、この記事では、一般的な製造業やサービス業など、一般的な事業を営む会社さんを対象としてお話を進めていきますのでご安心ください。
私たちは事業主として、従業員が安心して働けるよう、そして万が一の時に守られるように、この労働保険の制度を正しく理解し、適切に手続きを行う責任があります。年度更新は、その責任を果たすための重要なルーティンワークなのです。
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労働保険の年度更新、その「全体像」を具体例で理解しよう
それでは、労働保険の年度更新が具体的にどのような流れで進むのか、時間軸に沿って「全体像」を見ていきましょう。
労働保険料は、従業員へ支払った「賃金総額」を基に算出されます。しかし、保険年度が始まる時点では、その年度にどれくらいの賃金を支払うかは確定していませんよね。そこで、前年度の実績などに基づいて「概算保険料(見込みの保険料)」をまず納めます。そして、保険年度が終わってから、実際に支払った賃金総額に基づいて「確定保険料」を算出し、概算保険料との差額を精算する、という仕組みです。
具体的な例を挙げてみましょう。
【具体的な例】2020年度(2020年4月1日~2021年3月31日)のケース
1. 概算保険料の納付(2020年7月10日まで)
* 2020年4月1日から2021年3月31日までの1年間で、どれくらいの賃金を支払うかの「見込み」を立てます。
* この見込みに基づいて算出した「概算保険料」を、2020年7月10日までに国に納めます。
2. 保険年度の終了と確定保険料の算出(2021年4月以降)
* 2021年3月31日で保険年度が終了し、実際に支払った賃金総額(つまり、2021年3月分の給与が確定する頃)が明らかになります。
* この確定した賃金総額に基づいて、「確定保険料」が算出されます。
3. 過不足の精算と翌年度概算保険料の決定(2021年7月10日まで)
* 確定保険料が算出されたら、先に納めた「概算保険料」と比べて過不足がないかを確認します。
* もし確定保険料の方が多かった場合(不足):
保険料が足りなかったということになります。この不足分は、翌年度の概算保険料に上乗せして納めることになります。追加で支払う、という形ですね。
* もし確定保険料の方が少なかった場合(過払い):
保険料を払いすぎていたということになります。この場合、過払い分がすぐに還付されるわけではなく、翌年度の概算保険料からその分が差し引かれて、翌年度に納める保険料が少なくなる、という形で調整されます。翌年度の負担が軽減される、と考えると分かりやすいでしょう。
* 翌年度の概算保険料の計算:
翌年度(2021年度)の概算保険料は、前年度(2020年度)の賃金総額をベースに算出されます。ここで重要なのが「保険料率」です。労働保険の保険料率は、毎年4月に見直される可能性があります。そのため、「前年度の保険料額」ではなく、「前年度の賃金総額」に「翌年度の保険料率」を掛けて算出する、という点に注意してください。
この一連の「見込みで納付し、後で精算する」というサイクルを毎年繰り返すのが、労働保険の年度更新なのです。
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これで迷わない!労働保険の年度更新「具体的な業務の流れ」を徹底解説
全体像が把握できたところで、いよいよ具体的な業務の流れに踏み込んでいきましょう。年度更新の作業は、主に「賃金総額の集計」「申告書の作成と提出」「見込み保険料の納付」の3つのステップで構成されます。
ステップ1:賃金総額の正確な集計
労働保険料を算出する上で最も重要となるのが、正確な「賃金総額」の集計です。この集計に誤りがあると、その後の申告書作成や保険料の納付にも影響が出てしまいますので、慎重に進めましょう。
いつから集計を始める?
対象となる保険年度(例えば2020年4月1日~2021年3月31日)が終了し、最後の給与、つまり3月分の給与が確定した頃、つまり4月や5月になったら集計作業を開始できます。
ここで一つ注意したいのは、給与の「支払日ベース」ではないという点です。例えば「末締め翌月10日払い」の会社の場合、3月分の給与の支払いは4月10日になります。この4月10日に支給される給与が確定してから、賃金総額の集計が可能になる、ということですね。
労働局からの資料を活用しよう
毎年5月の下旬頃になると、管轄の労働局から「労働保険料等申告書」や「年度更新パンフレット」など、年度更新に必要な資料一式が郵送されてきます。この中には「賃金集計表」のような参考様式も含まれていますので、これを活用しながら集計を進めると良いでしょう。
集計時の注意点:雇用保険と労災保険の対象賃金
賃金を集計する際は、従業員の入社日、雇用保険の加入月、退職月、喪失月などをしっかりと確認しながら、以下の2点に注意して集計してください。
1. 労災保険の対象となる賃金
* 原則として、従業員全員(パート・アルバイト含む)に支払った賃金が対象です。これは雇用形態に関わらず、労働者として働く全員が労災保険の適用対象となるためです。
2. 雇用保険の対象となる賃金
* 雇用保険の適用対象となる従業員(週の所定労働時間20時間以上、31日以上の雇用見込みなど)に支払った賃金のみが対象となります。
給与計算ソフトや労務管理ソフトを導入している会社さんでは、これらの集計を自動で行ってくれる機能があることが多いでしょう。しかし、ソフト任せにするのは危険な場合もあります。例えば、途中で入社した従業員の雇用保険の加入月を登録し忘れていたり、退職した従業員の喪失月が漏れていたりすると、正しい賃金総額が算出できません。ソフトを利用している場合でも、必ず従業員ごとの対象期間や区分を再確認するようにしてください。特に、年度の途中で従業員の入れ替わりが多い事業所は、細心の注意を払って確認しましょう。
ステップ2:申告書の作成と提出
賃金総額の集計が終わったら、いよいよ「労働保険料等申告書」の作成に入ります。提出方法には、アナログな方法とデジタルな方法があります。
アナログな方法:紙での提出
郵送されてきた申告書に、集計した賃金総額などの数字を直接記入していきます。記入が終わったら、管轄の労働基準監督署の窓口に持参するか、郵送で提出します。
手書きで記入する際は、特に数字の記入ミスがないか、二重チェックを怠らないようにしましょう。
デジタルな方法:電子申請(e-Gov、労務ソフト経由)
近年は、国の行政手続きオンラインサービス「e-Gov(イーガブ)」を利用して、電子申請を行うことも可能です。e-Govで本当に楽になった手続きランキングBEST10や、e-GovとGビズIDで社会保険手続きをスマートに電子申請するための完全ガイドも参考に、ぜひ活用を検討してみてください。また、労務管理ソフトの中には、e-Govと連携し、より簡単な操作で電子申請ができる機能を持つものもあります。
電子申請は、窓口に行く手間や郵送費用を省けるだけでなく、データ入力ミスを減らせるなどのメリットがあります。しかし、e-Govの操作は初めての方には少し分かりづらい部分があるかもしれません。もし労務ソフトを導入している場合は、そちらの機能を活用する方がスムーズに進められるでしょう。
アクセスコードの重要性
デジタルな方法で電子申請を行う場合でも、郵送されてきた申告書に記載されている「アクセスコード」が必要になります。このコードは、申告書の左上の方に記載されています。
「電子申請するから紙の申告書は不要」と捨ててしまわないよう、必ず大切に保管しておいてください。このアクセスコードがないと、電子申請ができませんので、くれぐしもお忘れなく!
ステップ3:見込み保険料の納付
申告書の提出と同時に、または提出後、概算保険料(見込み保険料)の納付を行います。納付期限は毎年7月10日までです。期限を過ぎてしまうと延滞金が発生する可能性もあるので、確実に納付しましょう。
アナログな方法:納付書での支払い
郵送されてきた申告書の一番下には、「納付書」が切り離せる形で付いています。この納付書に必要事項を記入し、金融機関(銀行、郵便局など)の窓口に持参して納付します。
デジタルな方法:電子納付
申告書を紙で提出した場合でも、電子納付を行うことができます。納付書に記載されている「電子納付に必要な番号」を、自社で利用しているネットバンキングの専用ページに入力することで、自宅やオフィスから簡単に納付が可能です。
普段からネットバンキングを利用されている会社さんであれば、この電子納付は非常に便利で、ぜひ活用したい方法です。万が一、納付書を捨ててしまったり、なくしてしまったりした場合でも、電子申請をしていれば、申告書と一緒に電子納付に必要な番号が役所から送られてくることがありますので、そちらを確認して納付することができます。
口座振替の登録も検討しよう
さらに、毎年納付の手間を省きたい場合は、口座振替の登録をすることも可能です。一度登録してしまえば、毎年自動的に引き落としされるため、納付忘れの心配がなくなります。ただし、口座振替の登録完了までには少し時間がかかるため、登録する際は翌年度の納付からの適用となる可能性が高いことを考慮しておきましょう。詳しくは次の章で説明します。
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知っておくと便利!労働保険料の「納期の特例」と「口座振替」
労働保険の年度更新を毎年スムーズに進めるために、ぜひ知っておきたい制度が「納期の特例」と「口座振替」です。これらを活用することで、資金繰りの負担軽減や、納付手続きの手間を大きく減らすことができます。
労働保険料の「納期の特例」とは?
通常の納付期限は7月10日ですが、以下のどちらかの条件を満たしていれば、年間の保険料を3回に分割して納付することができます。
- 年間の見込み保険料が40万円を超えていること
- 労働保険事務組合に労働保険の事務を委託していること
このいずれかの条件に当てはまる場合、「納期の特例」として分割納付(延納)を希望することができます。分割納付を希望する場合は、申告書を提出する際に、申告書の所定の項目に「延納」の意思表示を記入することを忘れないでください。
分割納付を選んだ場合の各期の納付期限は以下の通りです。
- 第1期:7月10日まで(通常通り)
- 第2期:10月31日まで
- 第3期:翌年1月31日まで
これにより、一度に大きな金額を納める必要がなくなり、会社のキャッシュフローを安定させるのに役立ちます。
口座振替でさらにゆとりを!
前述した通り、労働保険料の口座振替を登録することも可能です。一度登録すれば、毎年自動的に指定口座から保険料が引き落とされるため、納付忘れを防ぎ、また納付の手間を大幅に削減できます。
さらに、口座振替を登録していると、上記の延納の場合の納付期限が、以下のようにさらに延長されます。
- 第1期:9月6日まで(通常7月10日→9月6日)
- 第2期:11月14日まで(通常10月31日→11月14日)
- 第3期:翌年2月14日まで(通常1月31日→2月14日)
これにより、各期の納付にさらにゆとりが生まれ、経理・労務担当者の負担軽減にもつながるでしょう。口座振替の登録には手続きが必要で、完了までに時間がかかることもありますので、利用を検討する場合は早めに手続きを開始することをおすすめします。特に、初めて口座振替を登録する場合は、翌年度の納付からの適用となることを前提に進めると良いでしょう。
これらの特例や制度を上手に活用して、毎年訪れる労働保険の年度更新を、よりスムーズに、そして効率的に乗り切ってください。
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まとめ:労働保険の年度更新は「全体像」と「具体的な流れ」で自信を持って
今回は、人事・労務担当者にとって非常に重要な業務である「労働保険の年度更新」について、社労士の視点からその全体像と具体的な業務の流れを解説しました。
- 労働保険の年度更新は、過去1年間の労働保険料を精算する作業であること。
- 「4月1日から翌年3月31日」を一つのサイクルとし、見込みで納付し、後から確定分と精算するという仕組みになっていること。
- 賃金総額の正確な集計が非常に重要であり、雇用保険と労災保険の対象賃金の違いに注意が必要であること。
- 申告書や保険料の納付には、紙での提出・納付と電子申請・電子納付という選択肢があること。
- 年間の保険料が40万円を超える場合や、労働保険事務組合に委託している場合は、「納期の特例」として3分割納付が可能であること。
- 口座振替を利用することで、納付忘れを防ぎ、納付期限を延長できるメリットがあること。
これらのポイントをしっかりと理解しておくことで、年度更新に関するガイドブックやパンフレットの内容も、より深く、正確に読み解けるようになるはずです。
労働保険の年度更新は、確かに労務担当者にとって「大変な時期」をもたらす業務かもしれません。しかし、その全体像と具体的な流れを把握し、一つ一つのステップを丁寧にこなしていけば、決して恐れることはありません。この記事が、あなたの年度更新業務に少しでも安心と自信をもたらすことができれば幸いです。
これからも、人事労務に関する情報を分かりやすく解説していきますので、ぜひ参考にしてください。
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免責事項
本記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、特定の法的アドバイスや税務アドバイスを構成するものではありません。個別の状況に応じた具体的な判断については、専門家(社会保険労務士、税理士など)にご相談ください。本記事の情報を利用したことにより生じた損害等について、当社は一切の責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。
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