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監査法人と公認会計士は「時代遅れ」になるのか? AIとDXが変える会計監査の未来
近年、企業の不祥事が後を絶ちません。それも、決算発表後に数年経ってから不正が発覚するなど、監査法人がその時点で見抜けなかったことに強い疑問の声が上がっています。高額な監査報酬を支払っているにもかかわらず、なぜ監査は機能しないのか? この根本的な問いは、私たち会計業界に携わる者だけでなく、企業経営者や投資家にとっても深刻な問題提起となっています。
旧態依然とした監査手法、そして公認会計士の多くが抱えるITスキル不足は、もはや見過ごせない「致命傷」と化しているのが現状です。複雑化する現代の企業活動において、従来のやり方では膨大な情報の中から不正の兆候を見つけることは極めて困難です。この現状は、残高確認状に代表される旧態依然とした監査手法に一石を投じるものです。
このままでは、監査の信頼性そのものが揺らぎ、公認会計士という専門職の存在意義すら問われかねません。しかし、この危機は同時に、AIやデジタルトランスフォーメーション(DX)が切り拓く新たな監査の可能性でもあります。本記事では、現在の監査が抱える課題を深く掘り下げるとともに、未来の会計監査がどのような姿になるべきか、そして公認会計士が生き残るために何が必要かを考察していきます。
企業不祥事の連続が問いかける「監査の限界」
現代の企業活動は、グローバル化、複雑なグループ会社構造、多様な取引形態、そしてDXの進展によって、かつてないほど複雑性を増しています。このような環境下で、従来の監査手法が限界を迎えているのは明らかです。
かつての監査は、財務諸表のサンプルチェックや、経理担当者へのヒアリング、関連書類の目視確認が中心でした。しかし、現在のような大量の電子データ、AIを活用したシステム、クラウドサービスを駆使した業務フローが当たり前の時代において、これらの手法だけで企業の深層に潜む不正を見抜くことは至難の業です。特に、ITシステム内部で行われる不正や、複数のシステム・部門にまたがる巧妙な取引スキームは、表面的なチェックでは発見できません。
不正は、企業の隅々に散らばる膨大なデータの中に、まるで隠れ蓑のように潜んでいます。それを人間が手作業や経験則だけで見つけ出すには、途方もない時間と労力が必要となり、現実的ではありません。結果として、「数年後に発覚」といった事案が繰り返される背景には、監査プロセスが現代の企業実態に追いついていないという、構造的な問題があると言えるでしょう。
監査法人は、企業の健全な経営を保証する「社会の番人」としての役割を期待されています。しかし、その番人が変化の激しい時代に対応できず、その役割を十分に果たせないとすれば、それは社会全体にとって大きな損失です。このような状況が続けば、企業価値の毀損だけでなく、市場全体の信頼性にも深刻な影響を与えかねません。私たちは今、監査のあり方そのものを根本から見直す時期にきているのです。
なぜ監査は見抜けないのか? 公認会計士の「IT弱点」という致命傷
では、なぜ監査はこれほどまでに不正を見抜けないのでしょうか。その大きな要因の一つに、公認会計士の多くが抱える「IT弱点」があります。私の経験上、多くの公認会計士は、財務会計や税務、企業法務といった専門知識には長けていますが、ITシステムやデータ構造、プログラミングといった領域には不慣れなケースが目立ちます。この点が、現代の監査において致命的な欠陥となっているのです。
現代企業において、事業活動はITシステムなしには成り立ちません。会計データも、ERPシステム、クラウド会計、様々な業務システムを通じて生成・処理され、データベースに格納されています。不正もまた、これらのITシステムの中で、巧妙な手口で隠蔽されることが少なくありません。
例えば、大量の取引データの中から、通常とは異なるパターンや異常値を発見するためには、SQLなどのデータベース言語を用いたデータ抽出・分析能力が不可欠ですし、DeepSeek OCRがもたらす革命!30億パラメータのOCRモデルが画像認識の常識を変えるようなAIを活用したデータ処理も注目されています。また、システムの設定変更ログやアクセス履歴を追跡し、不正な操作が行われていないかを確認するには、情報セキュリティやネットワークに関する基本的な知識も求められます。しかし、残念ながら、公認会計士の教育カリキュラムやキャリアパスにおいて、これらのITスキルが十分に重視されてきたとは言えません。
コーディングができないことで、会計士はIT部門に依存せざるを得ず、自ら能動的にデータ分析を行うことが困難になります。結果として、監査は提供された情報やシステム監査報告書に頼りきりになり、自らの手で膨大な情報を横断的・機動的にチェックするノウハウを身につけられないままになっているのです。これでは、不正の温床となりうる部分に深く踏み込むことができず、表面的な監査に終始してしまうのも無理はありません。ITスキルへの無理解は、監査の「目」を曇らせ、不正を見逃す大きな原因となっているのです。
高額な監査報酬は「見せ金」か? 価値に見合わない実態への疑問
監査法人に支払われる報酬は、決して安いものではありません。特に大手監査法人に依頼する場合、その費用は数千万円から数億円に上ることもあります。企業は、その高額な報酬を支払い、「適正意見」という保証を求めています。しかし、その保証が揺らぎ、実際に不正が見抜けないのであれば、その報酬の費用対効果について、厳しい目が向けられるのは当然のことでしょう。
企業が監査に求めるのは、単に「決算書の数字が正しいか」という形式的な確認だけではありません。真に求められるのは、経営の透明性を高め、潜在的なリスクを早期に発見し、企業の持続的な成長を支援する「価値あるインサイト」です。しかし現状では、多くの企業が、監査法人から提供されるサービスが、高額な報酬に見合うだけの価値を提供していると感じていないかもしれません。
監査は、厳密な手続きと独立性を要求される専門業務です。そのため、それなりの費用がかかることは理解できます。しかし、その「厳密な手続き」が旧態依然としたものであったり、「独立性」を保ちつつも形式的な監査に終始し、企業の深部に潜む問題を見過ごしてしまうのであれば、それはもはや「高額な見せ金」と批判されても仕方がないでしょう。
監査報酬が高いのは、優秀な人材の確保や、品質管理への投資、専門知識の維持・向上、そして訴訟リスクへの備えなど、様々な要因があるのは事実です。しかし、それらのコストが最終的に「不正を見抜けない」という結果に繋がるのであれば、ビジネスとしての監査のあり方自体が問われます。企業は、将来を見据えたリスクマネジメントの一環として監査を位置付けています。その期待に応えられない現状は、監査業界全体にとって非常に大きな問題であり、早急な改革が求められています。
知識のひけらかしと制度論偏重が現場を混乱させる構造
公認会計士の専門知識は確かに重要です。しかし、その知識の用い方によっては、かえって現場を混乱させ、事業の足を引っ張ってしまうことがあります。私の経験上、事業会社に入ってきた公認会計士で、「本当に事業に貢献した」と感じたケースは正直あまり見たことがありません。知識をひけらかすだけで終わってしまう人が多い印象です。
監査法人で経験を積んだ会計士は、制度論や会計基準には非常に詳しいですが、必ずしも事業の実態や現場の業務フロー、あるいは経営戦略に対する深い理解を持っているわけではありません。そのため、事業会社に入ると、既存の業務プロセスに対して、制度論や理屈を過度に持ち込み、「会計基準ではこうあるべきだ」といった理想論を振りかざす傾向が見られます。
もちろん、会計基準に準拠することは重要です。しかし、それが実務と乖離しすぎている場合や、過剰な統制や手続きを求めることで、現場の業務が不必要に複雑化し、効率性が著しく低下することがあります。結果として、事業部門からは「会計士は理屈ばかりで、現場を分かっていない」「業務をややこしくするだけだ」といった不満が噴出し、協力体制が築きにくくなることも珍しくありません。
事業会社にとって本当に価値のある会計士とは、単に「間違いを指摘する人」ではなく、「事業の成長に資する情報を提供し、効率的な業務プロセスを構築するための助言ができる人」です。そのためには、制度論だけでなく、事業戦略、ITシステム、サプライチェーン、顧客行動など、多岐にわたる事業実態への深い理解が不可欠です。知識をひけらかすのではなく、それを事業貢献という形でアウトプットできる能力こそが、これからの会計士に求められるのではないでしょうか。このままでは、監査も、会計士という職能自体も、時代に取り残されていくだろうという危機感を強く抱かずにはいられません。
AIとデータ分析が切り拓く「未来の監査」
しかし、この危機的状況を打破する光明は確かに存在します。それが、AIとデータ分析、そしてデジタルトランスフォーメーション(DX)の活用です。従来の監査が「サンプルチェック」に頼らざるを得なかったのは、人力での「全量チェック」が非現実的だったからです。しかし、AIとデータ分析技術の進化は、この常識を根本から覆します。
AIは、会計システム内に存在する膨大なデータを瞬時に分析し、人間の目では見逃してしまうような異常パターンや関連性のない取引を検出する能力を持っています。例えば、特定のベンダーへの支払い頻度や金額の急増、特定の従業員による特定の勘定科目の操作、時間外取引の多さなど、不正の兆候となりうる要素をAIが自動的にスクリーニングすることが可能です。
さらに、いわゆる「バイブコーディング」と呼ばれるような、システムを横断してデータを取得し、連携・分析する技術を活用することで、監査の機動性は格段に向上します。財務データだけでなく、購買データ、人事データ、営業データ、さらにはSNS上の情報まで、あらゆる企業の情報を横断的に収集し、関連性を分析することが可能になります。これにより、経理部門だけでなく、他の部門に潜む不正やリスクも早期に発見できる可能性が高まります。
AIによるデータ分析は、単なる不正検知にとどまりません。過去の監査データを学習することで、より効率的かつ的確な監査計画の策定を支援したり、リスクの高い領域にリソースを集中させたりすることも可能です。これにより、監査人は単純なデータ収集や突合作業から解放され、AIが提示した異常値に対する深掘りや、経営層とのコミュニケーション、企業が抱える本質的な課題への提言といった、より高度で付加価値の高い業務に集中できるようになります。
未来の監査は、一部のデータを見るのではなく、企業内のすべての情報が対象となる「全量監査」へと進化していくでしょう。それは、監査の精度を飛躍的に向上させるだけでなく、監査プロセス全体の効率化、ひいては監査報酬の適正化にも繋がる可能性を秘めているのです。
公認会計士は「時代遅れ」になるのか? 新時代に求められるスキルセット
AIとDXの進化は、公認会計士という職能そのものに大きな変革を迫っています。単純な会計処理や帳票のチェック、基本的な監査手続きは、将来的にはAIやRPAによって代替される可能性が高いでしょう。そうなると、「監査法人や公認会計士は時代遅れになるのか?」という問いが現実味を帯びてきます。
しかし、これは決して絶望的な未来ではありません。むしろ、公認会計士がその専門性を新たな次元へと高め、企業や社会に対してより大きな価値を提供できるチャンスと捉えるべきです。新時代に求められる公認会計士のスキルセットは、これまでとは大きく異なります。
まず、ITスキルとプログラミング能力は必須となるでしょう。単にシステムのユーザーとして使うだけでなく、データ分析ツールを使いこなし、PythonやRといったプログラミング言語でデータ処理や分析スクリプトを書ける能力が求められます。これにより、監査人はIT部門に依存することなく、自ら膨大なデータを探索し、新たな視点から不正やリスクを発見できるようになります。
次に、データサイエンスとAIリテラシーの習得です。AIが提示する分析結果を適切に解釈し、その限界を理解した上で、最終的な判断を下す能力は人間でなければできません。また、どのようなデータをどのように分析すれば、より質の高いインサイトが得られるかを設計する能力も重要ですし、公認会計士が事業会社経理責任者へ転身する際の「理想と現実のギャップ」を理解することも重要です。
さらに、コンサルティング能力と事業理解力がこれまで以上に重要になります。AIによる分析結果を単に報告するだけでなく、それが企業の経営にどのような影響を与え、どのような改善策が考えられるかを、具体的な事業戦略に落とし込んで提案できる能力です。これまでの制度論や理屈偏重から脱却し、企業の本質的な課題を理解し、解決に導く「パートナー」としての役割が期待されるでしょう。
これらは、まさに公認会計士の役割が「監査」から「価値創造」へとパラダイムシフトすることを意味します。過去の数字を検証するだけでなく、未来を見据えたリスクマネジメントや経営戦略への提言を通じて、企業の持続的な成長に貢献する。そのためには、既存の知識だけでなく、継続的な学習、すなわち「リスキリング」が不可欠です。公認会計士は、自身のキャリアパスを再構築し、変化を恐れず新たなスキルを積極的に習得していくことで、新時代においてもその専門性と価値を確立できるはずです。
まとめ:変革の時を迎える会計監査と公認会計士
現在の会計監査は、企業の複雑化とIT化の波に乗り切れず、多くの課題を抱えています。旧態依然とした監査手法、公認会計士のITスキル不足、そして高額な監査報酬に見合わない価値提供は、社会からの信頼を失いかねない危機的状況です。不正発覚が「数年後」にずれ込む事態は、もはや許容できるものではありません。
しかし、AIとDXの進展は、この課題を克服し、会計監査を新たなステージへと押し上げる大きな可能性を秘めています。AIによる全量データ分析、バイブコーディングによる機動的な情報チェックは、監査の精度と効率性を飛躍的に向上させ、企業内の潜在的なリスクや不正を早期に発見することを可能にします。
この変革期において、公認会計士は自らの役割を再定義する必要があります。単に過去の数字を検証するだけでなく、ITスキル、データサイエンス、AIリテラシーを習得し、事業への深い理解とコンサルティング能力を身につけることで、企業価値を高める「真のパートナー」となることができます。
監査は、単なる義務ではなく、企業が持続的に成長するための重要なインフラです。このインフラを時代に合わせて進化させ、公認会計士がその変化の先頭に立つことで、社会からの信頼を回復し、より健全で透明性の高い経済活動を支えることができるでしょう。今こそ、監査の未来、そして公認会計士の未来を形作るための大胆な変革が求められています。
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免責事項:
本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の投資判断や法的助言を推奨するものではありません。情報の利用に関してはご自身の判断と責任において行ってください。また、将来の予測に関する記述は、あくまで筆者の見解であり、その実現を保証するものではありません。

